未来を創造する力
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ジャパン・アズ・ナンバーワンと呼ばれた時代、日本製品は世界中に溢れていた。特に新たな生活スタイルを創造したウォークマン、コンパクトディスク、ビデオカメラなどは日本の象徴的な存在だった。しかし、アジア諸国の低価格製品が登場するようになると、日本はひたすら価格競争の中で、そこに付加価値をつけることを忘れてしまった。そんな中で躍進したのがアメリカのAppleである。スティーブ・ジョブズのデザインへの徹底したこだわりがそれを実現させた。彼はデザインのためであればいくらお金をかけてもいいと考え、その優れた美的感性を具体化していったのだ。注目すべきは、それがハードばかりではなくソフトにまで徹底されていたことである。そこには私たちが求める夢があった。

日本は他国にはない優れた生産能力を持っている。その品質は他の追従を許さないものでもあった。しかし、厳しい価格競争と技術移転によりその優位性は失われてしまった。同時に、デザインの活用やグローバルなソフト開発で遅れを取った。そのような状況の中で、日本企業は組織再編やコストダウンを図るものの、そこには夢のある製品を創造しようとする意識に欠けていた。デザイン力が、技術力と同等かそれ以上の価値を持っていることに気がついていなかったのである。

スウェーデンのIKEAが人気なのはなぜだろう。フランスのファッションンが世界中で愛されているのはなぜだろう。アメリカのNIKI、ドイツの音楽ソフト、イタリアの車などには普遍的な魅力がある。それこそがデザイン力なのである。これからの日本に求められるのは、日本らしい創造性とデザイン力である。優れたデザイン製品は付加価値を生みだし産業の活性化を図ることができる。何より、美しいデザインは私たちの生活をも豊かにしてくれるのである。

例えば、いま私が欲しいのは机上に置けるコンパクトでお洒落なCDプレイヤーだ。もちろん高音質であることが前提で、そこにアクティヴスピーカーを接続して音楽を楽しみたい。日本の企業であればすぐ製品化できるはずなのにまったく存在しない。そう考えているのは私だけではないはずである。全ての人がiPodのようなオーディオプレイヤーで音楽を楽しむとは限らないのだ。アメリカのBOSEが成功したのは、そういう消費者のニーズに巧みに応える製品を生み出すことができたからである。

日本の美術教育は、主要科目ではないという理由で削減され続けてきた。一方で、フランスでは美術史を必修とし、小学生から高校生まで自国の美術を学ぶ。バカロレア(大学入学資格)でも美術史が求められ、人文系の試験では美術や音楽まで置かれている。日本が真の文化立国になるためには、ここから学ぶべきである。創造力こそが新たな時代を生み出す力なのである。それを育成する教科を削減し続けることは文化立国への道を自ら遠ざけることになるのだ。教育は未来の日本をつくる根幹であり、これからの時代を創造する力なのである。

昨年、高校生と一緒にドイツのライプツィヒを訪問する機会があり、そこで日本文化の素晴らしさを再認識させられた。ライプツィヒ大学の日本語学科では、日本の歴史や文化に関する好奇心が強く感じられた。ライプニッツ高校では日本文化に関するプレゼンテーションや折り紙が好評だった。彼らが日本に興味を持ったのはアニメやマンガが発端であるが、日本には欧米にない繊細できめ細かな文化があることを知っている。日本には456もの伝統色がある。恐らくこれだけの色数を持っている国は他にはないだろう。日本はもっと自国の優れた文化を知るべきである。そして日本ならではのデザインを創造していくべきではないだろうか。 
by manabinomori | 2013-07-11 15:24 | 石塚耕一研究室 | Comments(2)
Commented by 川崎一彦 at 2013-07-14 01:31 x
そのとおりですね。〈失われた20年〉、日本人は残念ながら自信喪失の状況ですが、その理由はありません。むしろ日本が〈東洋の心、良さ〉を世界に発信すべき、それが出来る時代でしょう。当面は日本からスウェーデンなど北欧への日本の文化、心の発信の準備をしております。
Commented by manabinomori at 2013-07-14 08:45
ありがとうございます。私も徐々にですが発進力を強めていきたいと思っています。
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